つい昨日のことのようにあの興奮を思い出しますが、あれから既に半年経ったとは。
そう、日本代表ラグビーチームが、ラグビーW杯で南アフリカを破った歴史的な勝利から、ちょうど半年が経とうとしています。
競技人口があまり多くなく、ルールがよくわからないとしていた人も多い中、日本国民がラグビーに大きく関心を持つきっかけになりました。 日本中の子供達があの五郎丸選手のルーチンのポーズを真似ていました。
その試合の後で、日本代表チームのメンバーが何人か特集番組に登場して、あの試合の細かいプレーを映像を交えながら解説していました。 それからわかることは、あの勝利が偶然でもまぐれでもなく、勝つべくしてもぎ取った勝利だった、ということでした。
それらの番組で取り上げられるまでその実態を知りませんでしたが、ラグビー日本代表は、ジョーンズヘッドコーチが就任してから、生死をかけた猛練習にあけくれた4年間だったそうです。 そんな日々の中で、ある日集中力の長いトンネルを抜けます。 そこには無意識に正しく判断し、身体が勝手に動く世界が待っていたそうです。
ジョーンズヘッドコーチは、南アフリカ戦の勝利は、フロー体験だ、と言いました。
フロー体験です。 流れるような、という意味でのフローです。 ゾーンに入る、などと言う表現でも言われることがあります。 この場合のゾーンは、特別な状態、という意味からきている表現ですが、フローを同じ状態を指して使われています。
最近は日本各地で市民マラソンが盛んです。 東京マラソンは、世界のメジャーマラソンの仲間入りを果たしています。
ランナーズハイ、という言葉があります。 本来長い距離を走っていると苦しくなるはずなのが、ある時から苦しさから解放されて、心地良さだけになってくる状態を指す言葉です。
生理的には、エンドルフィンが出ている状態とも説明されていますが、時間が止まったように感じたりもするわけです。 これはフロー体験に近いものでしょう。
プロゴルフェーのグレッグ・ノーマンは自身の体験をこんな言葉で表現しています。
『全てがスローモーションで進行する。自分のスイングももう一人の自分がスローモーションフィルムで見ているような感じだ。気持ちは非常に落ち着いていて、クラブを選ぶ時もまったく迷いがない。ゴルフボールを意のままにできるというあの感じ、あれほど気分のいいことはない。』
プロテニスプレーヤーのクリス・エバートも現役時代の絶頂期の体験をこんな言葉で語っています。
『リラックしていて、完全にプレイに没頭できる。感情的なものと精神的なものと肉体的なものが、すべて同時にピークに合わさる。そんな感じ。』
日本のプロゴルファーの岡本綾子選手は、今から3年前の5月に日本経済新聞で1ヶ月に渡って”私の履歴書”を連載していましたが、大変面白いエピソードが満載でした。 彼女は1987に米国プロゴルフツアーの賞金王になっていますが、その全盛期の体験をとても明瞭に語っています。
『その日のラウンドで何を感じ、どんなことが起こったかを事細かに思いだすことはできませんが、自分で何かを考えて行動するというより先に、体が勝手に動いていたという印象が強く残っています。周りのことが一切気にならなくなるばかりか、人の言葉も耳に入らなくなった記憶があります。・・・思うにこれは集中力が極限まで高まって、自分のプレー以外の雑念がまったく消えてしまった状態とでも言えばいいのでしょうか。』
『ボールを前にした時点で、これから打つショットがどんな弾道で飛んで行き、どこへ着地し、どういうラインで転がっていくか、まるで映像を見ているように、はっきりとイメージできてしまう。』
『クラブフェースがボールを捉える瞬間に、芝の葉先が何枚挟み込まれて、スピン量にどの程度影響を与えるかまでが、一枚の絵のように見える感覚まであるんです。』
え?、芝の葉が何枚クラブに挟まるかまで見えてしまう! 打ったボールがどう回転するか絵のようにわかる!! これぞ、フローであり、ゾーンです。
ご安心ください。 フロー体験は、一流のスポーツ選手の特権では決してありません。
心の体操第2の体験の中で、外観的には日常の活動とは真逆の静止した状態にいますが、意識の中ではこのスポーツ選手のゾーン体験と同じようなことが起こります。 それはそうなろうとしてなるものではなく、全てを委ねきった時に、突如姿を現してくれる蜃気楼のようですが、触れば触れそうな確かな手応えもあります。
岡本綾子選手は、こう付け加えます。
『そして、実際に打ったボールが、そのイメージ通りに飛んでいくんです。こんなに楽なことはありません。実力以上のプレーができてしまう、不思議な体験でした。』