働く人へのメンタル・エクササイズを提供する心の体操協会

心と身体のお話

マインドフルネスとの幸福な出会い
バンテ師

バンテ師

今から23年ほど前、出張でニューヨーク発、スペインのマドリッド行きの飛行機に乗り込むと窓際にとった座席に座り込みました。 暫くするとオレンジの袈裟を着たお坊さんが、おもむろに隣の席に座り、かけていた袈裟袋の紐を前の座席にかけます。 前の座席の人が、その紐を気にして振り向くと、『お嫌ですか?』と言って袈裟袋を膝の上に持たれました。

伺うとワシントンDCの郊外にご自身の修行のお寺を運営されていて、ビジネスマンや政府機関関係者などが、激務を癒しに宿泊研修にやってくるのだとか。
また、最近ご自身の書かれた本のスペイン語版が出版され、それが縁で講演を頼まれてスペインに向かうところだとおっしゃいます。

その2年ほど前にタイの僧院近くにしばらく滞在していたこともあり、小乗仏教のお坊さんがどんな修行をされるのか、一度じっくりお話を伺いたいと思っていました。

タイなどの東南アジアの仏教国に行かれた方は、皆あちらの国の仏教は日本のものとだいぶ違うぞ、という印象を持たれたはずです。 僧侶といっても妻帯はしない。 食事も昼の12時前に食べると翌朝まで、水だけで何も食べない、など驚きの生活習慣です。

それから8時間のフライトの間、このお坊さんとほぼノンストップで話が弾みました。
米国から欧州へのフライトは、朝に現地に到着するので、飛行機の中では寝ておかないと着いてからが大変になります。
ですから、きっと寝ておきたかったことでしょうに、嫌な顔一つせずに、話し相手をずっとしてくださいました。

フライトがそろそろマドリッドに近づいてきた頃、そのお坊さんがおもむろに、『いや〜日本語はすっかり忘れました!』と突然鮮やかな日本語でおっしゃるではありませんか。 こちらは鳩に豆鉄砲状態でキョトンとしてしまい、どこでそんな日本語を覚えられたのですか、と尋ねるとこう答えられました。

『以前に自分のワシントンDCのお寺に日本のお坊さんが、長いこと滞在された。 ところが、その方はいつまで経っても一向に英語はお話にならない。 しかし、その方とどうしても仏教のお話をしたかったので、私の方が日本語を勉強して覚えることにしたのです。』とおっしゃいました。

この時、私が偶然隣合わせになった方こそ、スリランカ出身のバンテ師として知られる方で、今話題のマインドフルネスという言葉が、米国で一般的に使われるようになったのは、その著書『マインドフルネス・気づきの瞑想』のオリジナル版が、1992年に米国で出版されてベストセラーになったことに遡ります。

スペイン語版というのは、このオリジナルの本が翻訳されたものでした。 現在、15ヶ国語に翻訳されているのだとか。

因みに米国のアマゾンのサイトでは、マインドフルネスに関する本のカテゴリーの販売No.1は今でもバンテ師のこの著書のオリジナル本”Mindfulness in Plain English”になっており、425人の読者書評が載っています。 今でこそマインドフルネスの本が色々登場していますが、一冊読むとしたらこの本をお勧めします、という書評が多く登場します。

この本の中には、そもそもなぜ『目を閉じて静かに座る』のか? その出発点に関して、とても良い説明がまず登場します。

”私たちは皆、ある種の『満たされなさ』を抱えて生まれてきている。 それを『満たそう』と面白いテレビ番組に興じて、一時的に忘れることは出来るかも知れないが、必ずその『満たされなさ』は再び顔をだす。 そして、良い仕事についたり、恋をしたり、試合に勝ったりすると、懸念は振り払われ、幸せに感じる自分がいる。 しかし、それも永遠には続かない。 やがて、その幸福感は、過去の記憶となり、またあの『何か足りない』気分が蘇る。” {””内は筆者の抄訳。}

その後、第8章から具体的なマインドフルネスのステップが示されていきます。 その詳細は著書にゆずるとして、これを試してみよう、という気持ちになった私は、米国に戻るやいなや、バンテ師の主宰する4泊5日の合宿に参加することにしたのでした。

そこで初めて”観の瞑想”と呼ばれる、小乗仏教系の心の平静を開発する方法に触れました。 バンテ師は、その方法に『マインドフルネス』という英語を当てられた訳です。

”今この瞬間に意識を向ける”という、心の置き所から始まりました。

バンテ師のお寺の座禅室

バンテ師のお寺の座禅室

『さしあたる 事柄のみをただ思え 過去は及ばず 未来は知れず』の境地です。
そこから”今に注意を向ける”という、『何かをする』ことから離れ、『考えることさえもしない』状態へと自然に導かれていく体験がありました。 自分なりの『マインドフルネス開眼』と言ったところでした。

深いところで『満たされない何か』を抱えながら生まれてきた私たちにとって、対象の何かに求める幸せは、砂漠の蜃気楼かも知れません。

森を分け入って登る幾山河の尾根の向こうのそのまた向こうに、一面に高山植物が咲き乱れ、それに出会ったら人生が変わるほどの絶景が待っています。 究極の『満たされ』に身も心も包まれる永遠の時です。

敬愛するバンテ師も齢89歳になられますが、ご健在であり、今でもその修養施設にて指導を続けていらっしゃることは、嬉しい限りです。

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